大阪地方裁判所 昭和26年(ワ)86号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
(事實)
被告は昭和十八年十月二十日原告所有の家屋を賃借し、その後昭和二十五年八月一日よりの公定賃料改訂に関して改正された公定最高額を以て同日以降の賃料と定める旨合意した。しかし本件家屋の建築年度について双方は意見を異にしたため、改正後の賃料算定につき争が生じた。即ち原告は、なるほど被告に家を貸したのは昭和十八年であるが、当時家屋は未完成の状態にあり、竣工したのは昭和十九年三月一日であるから、建築年度は昭和十九年とすべきであり、この基準によれば、改正後の公定賃料の最高額は一ケ月金七百三十七円になるとした。之に対し被告は賃借当時既に家屋は完成しており被告は直ちに居住を開始したのであるから、建築年度は昭和十八年であり、これを基準として改正後の公定賃料最高額を一ケ月金四百八十三円と算定し、その割合による支払を為すべき旨申入れ且つ現実の提供を為した。しかし原告は受領を拒絶し、自らの算出に係る金額の支払を催告し、その支払なきことを条件とする契約解除の通告をしたが、被告は原告の請求金額を不当として支払をしなかつた。かくして原告は契約解除を理由とする明渡並に改正後のその主張金額による延滯賃料及損害金の支払を求めた。これに対し被告の主張の要旨は次の通りである。
「(一)被告は原告より賃料增額の請求(金額を定めての)を受ける以前に自ら計算した新賃料を現実に提供し、原告の受領拒絶にあつて供託をしたのであるから、原告主張の契約解除当時に被告に履行遲滯の責はない。
(二)原告の請求額は過大不当であるから、これにより被告の履行遲滯の生ずる由がなく、以上いずれにしても契約解除の効力は生じない。
(三)値上の額についての原告の主張が正しいとしても、被告は昭和十八年から居住しているのであり、昭和十八年の竣工に依るものと誤信したのは無理からぬことである。しかも被告は長年の誠実な賃借人であり、本件紛争についても、自ら相当と信ずる金額を供託し賃料支払の意思のあることを表明している。然るに原告は種々の口実により借家人の追出をはかり、既に十数件の同種の訴訟を起しているのであつて、本訴は権利の濫用である。」
(判斷)
原告一部(延滯賃料支払の部分)勝訴。
改正後の公定賃料最高額についての争において、原告主張の数額が正しいとするならば、被告の支払拒絶は履行遲滯となるが、被告の主張が正しいならば却つて原告の受領拒絶が受領遲滯になり、被告には遲滯の責はないことになる。かくして改正後の賃料額が、ひいてはその計算の基準たる本件家屋の建築年度の如何が本件の第一の争点となる。判決はかように説明したのち、次の通り判示してこの点についての原告の主張を容れた。
「結局争点は家屋の賃貸借契約が発生し且家屋が事実上その使用を開始せられた時が、昭和十八年中であつて、その家屋の竣工年月日として届出られ家屋台帳に記載せられている竣工年月日が昭和十九年である場合前記物価庁告示第四七七号の適用上いづれの年度に建築せられたものとして取扱うべきものであるかに帰する。按ずるに家賃金の公定最高額は各家屋の利用価値を基準として指定するのが最も理想的であるけれども、個々の家屋についてかかる利用価値を評価することは事実上不可能であるので、右告示においては形式的に家屋の建築年度が昭和十九年以降であれば昭和十八年以前に建築された家屋よりその利用価値が優れているとしてその家賃金の公定最高額をより高く指定しているのである。告示の基準がこのように実貭を無視して形式に拠つている以上、その適用においても形式的な家屋台帳の記載を基準として昭和十八年度の建築であるか昭和十九年度の建築であるかを決する結果になるのは己むを得ないことであつて、本件の場合に実貭的に賃貸借契約が結ばれて家屋に居住が始められた時をその建築年度とせず、形式的にその屆出竣工日を建築年度とするのが右告示の規定の趣旨に合致している。そればかりでなく、家賃の公定最高額の增額の場合、家主の一方的增額請求によつて家賃の增額が認められるのは借家法第七条の適用によるものであるが、右法条によれば家屋に対する公租公課の負担の增加は增額請求を正当にする主要な理由になつているところ、本件の場合、原告は本件家屋に対する租税その他の負担については前記家屋台帳に基いて右家屋が昭和十九年度に建築されたものとして昭和十八年度以前に建築された場合より高額な負担を余儀なくせられ、且右負担に関する限り賃貸借契約の締結せられた時や事実上家屋使用の開始せられた時を立証してその軽減を求めることは法律上許されず、事実上不可能であると認められる。そうしてみれば、前記告示の適用においても、前記備家法の法条の精神から判断して、本件の家屋を昭和十九年度に建築せられたものとしてその家賃金の公定最高額を定めるが妥当であつて、右家賃額についての原告の主張は正当で、被告の主張は失当である。従つて前記昭和二十五年十月二十日頃原告が右見解によつて本件家屋の家賃金を算出して、その額の支払を被告に催告して以後は被告は結果において右家賃金の支払を遲滯していたことになる。」
しかし法律上借家人が履行遲滯に陷つたこととなる場合でも、信義誠実及び公平に反するような契約解除は法の認めぬところである。借家法第七条による賃料增額請求は形成権たるの効力を有するから、その請求が正当である限り請求の時から値上の効力を生ずる。この場合借家人がこれに応じないときは法律上は正に履行遲滯になるものと言わねばならぬ。そして借家人が支払延引の為とかその他不当に右請求の正当性を争う場合は、賃貸借当事者間の信頼関係を破るものとして、解除権の行使が正当と認められるべきである。
判決は右のように説明したのち次のように述べた。
「しかしながら、借家人が真実家主の增額を不当と信じ、自己の見解を正当化するに足る一応の理由を挙げてこれを争う場合には、たとへ家主の主張額が結局において正当である為めに結果において借家人が法律上履行遲滯に陷る場合であつても、家主は家賃金額確定の訴等によつて家賃金の額そのものについて自己の主張を実現して自己の権利を保全するのが正当な態度であつて、右結果としての履行遲滯を予想しこれを利用して賃貸借契約そのものを解除しようとするのは、家主の優越した地位を利用して不当に借家人を圧迫するものであつて信義と公平に反する行為である。従つてこのような方法による契約解除は履行遲滯の場合に相手方の契約解除権を認めた法律の精神に反し解除権の乱用としてその効力を認めることができない。」
「本件の場合は、昭和二十五年八月一日以降の本件家屋の家賃金については原被告間に改訂せられた公定最高額による旨の合意があつたのであるから、借家法第七条の場合でないが、<以下省略>